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2013.05.06

誠実ということばについて

大型連休の間、したいと思っていた作業、会いたいと思っていたひととの時間、映画など、私なりに有意義に過ごせたような気がします。

制作では、ネックレスやローマンガラスのピアスなどのアクセサリーページを作りました。ローマンガラスについては、Applejamのお客さまには初めてご覧いただくこともあって、どんなものだろうと思っていらっしゃることと思います(笑)私自身は、ローマンガラスのピアスを着けていて、とても軽やかで解放されたり、ちょっとセンチメンタルな、長い時を経たドラマを感じたりまでしています。

大人の女性のアクセサリーは、とても難しいと思います。一方で、とても自由だとも思います。難しいという捉え方と自由だと思う捉え方は意外に紙一重。その場に相応しいポイントをきちんと押さえていれば、おしゃれそのものは自由なもの、誰もが持っている権利だと思っています。

映画のお話に移すと、昨日のdiaryに書いた「リンカーン」はとても良い作品でした。誰か贔屓の俳優が出ているわけではなく、お洒落でもラブストーリーでもなく、ただ史実に基づいたストーリーが展開します。でも、気がつけばスクリーンに見入り、終われば涙していました。

その涙は、「誠実」というものについて心の琴線に触れたものでした。私のdiaryを含め、誰もがいつでも主張を書けるインターネットの時代になっています。そこで、ふと触れたことばに熱いものを感じたり、ふわっとした幸せを感じることがあります。そこにはなにがあるのか。

誠実というものだと、私はよく思います。「私はこうだ」という自分の主張だけではなくて、読む側のことを常に忘れず考えているか。読んだ相手に直接的なダメージを与えるものは論外として、怖いのが、文章は人格をダイレクトに伝えてしまうということです。書けば書くほど具体的になって来ます。

リンカーンが愛されたのは、誠実に国のことを考えたから。主張することと誠実に動くこととは、そこにエゴイズムがあるかどうかで、大きく違ったものになるでしょう。

エゴイズムのない誠実。それはなにより美しいもの。


お休みの最後に難しいお話を書いてしまいましたが、みなさまには、清々しい立夏のあとの週明けでありますように。

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