France/Paris 2009 - Reims・Deauville

2009.09.14

パリ・エピローグ 〜 fin

フランスへの6泊8日の旅行、そのエピローグのdiaryを書き始めたのですが、到底まとまったものになりそうにありません。

長いdiaryになりそうですから、関心を持って頂いたかたにだけ、お読み頂ければと思います。


パリへの旅行の前に行ったのは、3年前のバリ島でした。南の島のリゾートから帰った時には二週間もあれば冷めた興奮も、パリはそうさせてくれません。鎮まるというより、ハートの奥深くに確かな居場所を見つけてしまったようです。

オペラ座で知り合ったスイス人の友人に「なぜパリに来たの?」と聞かれたことがありました。いろいろなタイミングが合ったことを話しましたが、実はもっと大切なことが。

それは、「マダム」として扱ってもらえるかを確かめてみたかったのでした。マダムという言葉は、日本で使うと、ちょっと照れが出てしまう響きを持っています。でも、私はとってもおませで、中学生の頃から「いつかきっと、素敵な大人の女性になる!」と、パリのマダムに憧れていたのです。

マダムという言葉、素敵です。なんて美しく、女性の心をくすぐる響きなのでしょう。フランスでこの言葉を掛けられたら、きっと誰でも、ハートを鷲掴みにされるはずです。

far eastの小さな国、中国や韓国と間違われそうな国から一人でパリに来て、どのくらい大人の女性として通用するかを知る、それはとても大切なことでした。ですから、敢えて、チェックインしたら一人きりになる旅行プランを選びました。

よく、「パリにはスリが多いから、質素な服でいるように。日本人には見えないように。」と言います。でも、これでは、階級社会のフランスで、身なりで人物を判断するパリで、決して良い扱いは受けられません。

レストランを仕切る、メートル・ド・テル(Maitre d'hotel)と呼ばれるフロア・マネージャーに身なりを気に入られないと完全に無視されるというのは、よく聞く話です。

チェックインしてすぐ飲料水を買いに出掛けたとき、東京で言えば伊勢丹に当たるデパート、ギャラリー・ラファイエット界隈を歩くと、そのままファッションモデルになれそうなマダムが闊歩していました。それを見て、私も一度はそうしようと決めました。

7日間で、何十回道を尋ねたでしょうか。道を尋ねるのは、身なりのきちんとしたマダムばかりでしたが、「Bonjour, madame!」と声を掛けると、100%笑顔と親切な応えが返って来ました。途中まで一緒に行ってくれたり、年配のマダムが手を取って連れて行ってくれたりもしました。一人でTGVに乗っていると、車掌さんがカメラを見て「マダム、写真を撮ってあげましょうか」と言ってくれます。ホテルでは、コンシェルジュやベル・ボーイがいつも温かく接してくれました。

帰国する日の朝、左岸にあるパリ最古のデパート、ボン・マルシェに行きました。このデパートにあるグラン・エピスリーという食料品コーナーでお土産などを買い求めましたが、地元のマダムが、溢れる食材やハーブティーの種類や使い方を教えてくれました。

パン屋さんで買っている時間がないので、ここでパン・ド・カンパーニュを買おうとしたとき、スライスしていないものは靴箱のような棚にそのまま入っていて紙袋に、スライスしているものはポリエチレンの袋に入っているのですが、「今から日本に帰るから、スライスしないでポリエチレンの袋に入れてくださる?」と聞くと、答えは「Non!」。すぐに諦めました。

決められた仕事だけしかしない、フランス人らしいのですが、間もなくパン売り場のマネージャーらしき女性が来て「それくらい、してあげなさいよ」と大揉めに。すっかり焦って慌てる私をそっちのけで、フルボリュームのフレンチの喧嘩になりました。

その様子を見ていたらしいフロアのマネージャーの男性がやって来て事情を聞き、実にスマートに、売り場の女性と「握手」。握手とは、チップを渡した瞬間なのでした。パンは、さっとポリエチレンの袋に入れられました。振り返ると、私の後ろには長蛇の列。でも、「いつか喧嘩も終わるだろう」と、誰もいらいらしていません。でも、もう、私は冷や汗ものでした。

一人旅をすると、大袈裟でもなんでもなく、ちょっとした、「世界のなかでの自分」を発見します。自分のなかにある美しいものへの感性や、どう見られているかという意識。とっても大切なものです。

パリには、また行こうと思います。今度は左岸や公園でゆっくりしたり、オペラ座に通ったり。ドーヴィルにも、やっぱり行きましょう。その日のために、日々大切に過ごそうと思います。

画像は、私にとっての初めてのお出掛け先「ギャラリー・ラファイエット」。
そして、あらゆることで滞在の手助けをしてくれた、ホテルのフロント。このロビーは国の重要文化財なのですが、とても落ち着きました。

※ きょう、クレジットの引き落とし口座に、免税分の金額の返金がありました(175ユーロ以上の買い物で、約14%の内税分を3か月以内に返金)。

□ すべてのデータには主観的なもの、現時点に限ってのものが含まれています。

最後に。
拙い旅行記にお付き合いいただき、有難うございました。

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2009.09.13

パリ・エピローグ1

Applejam のお客さまが来週からヨーロッパにお出掛けになると伺って、気になったままの、パリの締めくくりをしなければと思い立ちました。

出掛けたのは7月のなかばでしたから、もう、二ヶ月も経ったことになります。なるのですが、一度はお蔵入りにと決めた画像も、やはり載せておきたいものが出来てしまいました。

今回はまったくの一人旅で、行きたいところにだけ行った旅行でしたから、画像を見てもすぐに撮ったときの空気感まで思い出します。

ただ、最初の頃に載せたものとは違い、ピント合わせが甘かったりトリミングが必要だったり、露出がいまひとつだったりで、少し補正をしました。色は、一枚を除いてそのままで、街の空気はお伝え出来るかと思います。

上段より、左から右へとご覧ください。

1.ホテルのバルコニーより、東側の眺め。比較的静かなエリアです。
2.カフェの花。彩度を落とすと、私にとってのパリそのものになりました。
3.ランスのサン・レミ聖堂。一人でこの聖堂目指して歩いているときに視界に現れ、胸にこみ上げて来るものがありました。
4.5.6.同じく、サン・レミ聖堂。これは私のメモ代わりに撮ったもの。
7.ドーヴィルにて。ドーヴィル映画祭で訪れた俳優の名を書いてあります。これは、トム・ハンクスのもの。知人にファンがいるので、プレゼントです。
8.同じくドーヴィルにて。映画「男と女」の舞台になったことを書いている大理石。
9.モンマルトルの丘にて。サクレ・クール寺院前からの眺め。その中から、アパルトマンの部分だけを切り取ってズーミングしてしまいました。この、すべての屋根にある、赤いものは何でしょう?ご存知のかたはいらっしゃるでしょうか。

案外、きちんと撮れたものより、自分なりにお気に入りのものがあるのが不思議です。あと一度だけ、最後のパリ日記を書きたいと思っています。

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2009.08.23

避暑地・ドーヴィル

ドーヴィルに行った時のことは7月15日のdiaryに書いたのですが、シャネルの映画を観て思い出して、書き足しておきたくなりました。

ドーヴィルを訪れるきっかけになったのは、映画「男と女」でした。アヌーク・エーメとジャン・ルイ・トランティニャンの主演で、クロード・ルルーシュが監督した作品です。

パリのホテルを決めるとき、郊外に出掛けやすいエリアのホテルを選びました。パリ博の際に建てられた、パリのゴシック建築のホテルを代表すると言っても良いほどの、美しいホテルです。美しいだけではなく、駅の裏手にあるこのホテルからならば、ノルマンディ地方に出掛けるSNCF(フランス国鉄)に乗るのにとても好都合だったのです。

ホテルの朝食は7:30からのため、頂いている時間もなく7:46発の列車に乗り、約1時間半ほどでトルーヴィル・ドーヴィルという駅に着きました。

映画に出て来るホテル・バリエールは、街を10分ちょっと歩いてすぐ。その前に広がる海はカシミアのような肌触りの細かな砂浜で、強風の浅瀬に、強い日射しのなか、雲の影がものすごい勢いで流れて行きました。板敷きの道が3kmも続き、まるで別世界です。カジノや競馬を楽しむフランスの上流階級のリゾートでもあり、ヨットやクルーザーが繋がれていました。

思い出すのは、二つの出来事。

ひとつは、現地で小さな紳士に助けられたこと。駅からバスに乗ってオンフルールという旧港に行こうとしたのですが、バスのチケットを買ってからお化粧室に行こうとしたときのこと。パリではホテルやカフェ、デパートでお化粧室に行っていたのですが、駅のお手洗いは30サンチーム(1ユーロ:100サンチーム:135,2yen)をドアに入れると開く、自動販売機のような、有料のものなのでした。日本円に換算すると、40円ほどになります。

三人目で並んでいた私の番が巡って来たときに、コインが足りないことに気づいて真っ青に。周りに東洋人すらまったくいないこの駅で、私のことをずっと見ていたらしい、中学生くらいの男の子がやって来て、ポケットからコインを出してくれました。持っていた50サンチームや10サンチームの硬貨を渡そうとすると、彼は「気にしないで、マダム」とはにかみながら言って、お母さまのところに戻って行きました。彼は、きっと将来の良い紳士になることでしょう。

もうひとつの出来事。帰りにトルーヴィル・ドーヴィル駅に向かっているときに出会った、日本人の女性のかたのこと。お互いに「日本人かな」と思って見てはいたのですが、私のほうから、フランス語で話しかけてみました。

彼女は私のことを「カメラを持っていて、慣れている感じ。仕事かと思った。」とのことでした。結局は、同じようにパリでホテルに泊まっていることが判り、パリに帰る列車も一緒、その夜のお食事を、約束していた友人と三人一緒にしました。そのうえに判ったことは、彼女は私の隣りの駅に住んでいるということでした。

「ココ・シャネル」の映画では、パラソルの色が白とネイビーかグレイだったように思います。そんなシーンに、ココの、サンドベージュやオフホワイトの服がとてもシックで素敵でした。

またフランスに行くことがあれば、きっとまたドーヴィルにも行くことでしょう。最後の写真には、浜辺で見つけた貝を三つ。

コンシェルジュは、にこにこして言いました。「良いところでしょう?楽しめたようで良かったですね。喜んで頂けて、なによりです」。きっと、フランス人にとっても憧れの街なのでしょう。

フランス政府観光局・ドーヴィルのページ
ドーヴィル観光局(日本語ページもあります)

□ すべてのデータには主観的なもの、現時点に限ってのものが含まれています。

3枚目の写真:ヨットハーバー奥の建物がカジノ
5枚目の写真:浜辺後方の建物がホテル・バリエール

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2009.08.15

コンシェルジュ

きょうのようにからっと晴れた日には、フランスでの数日間を思い出します。

散歩した街のことも昨日のことのように覚えていて、むしろ、段々と鮮明になって来るようです。さらに印象深く残っているのは、ホテルとコンシェルジュのこと。

ビストロの予約からオペラ座のチケット、ランチ、シャンパンカーヴ、列車の手配、それからバスの乗り方やパリ市内のことまでお願いして、7日間のうちほぼ毎日、コンシェルジュデスクを訪れました。

旅行に出る前からもメールでいろいろな手配や予約をお願いしていましたが、「フランス語はおろか英語も完全ではない。パリには一人で行くので、あなたと良いコミュニケーションを持てれば嬉しい」と書き添えておきました。以来、予約の度にメールが行き交い、10通ほどになったでしょうか。

ひとつのホテルに6泊も連泊することは、あまりないでしょう。お部屋がアップグレードされていたことに感激したのはもちろんのこと、3日目くらいにスタッフに顔を覚えてもらい、居心地がぐんと良くなりました。私もコンシェルジュ5人の名前は覚えましたが、一人旅には彼らがいちばんの頼りなのです。

部屋ではTシャツを着ていても、ロビーに用事が出来たらワンピースに着替え、ネックレスをさっと着けてパンプスで。そんなところに気を配ると、より大切なゲストとして扱われます。

日本の大手のホテルでは、大きなデスクにゆったりと座っているコンシェルジュ。ところが、滞在中に見ていると、このホテルのコンシェルジュには座っている時間などないのです。彼らはまるで、数カ国語を同時に操る、フル稼働のコンピュータそのものなのでした。

私の場合、最初は出来るだけフレンチで話し始めても、途中からすぐ英語に切り替わってしまうのですが、大陸で繋がっているとはいえ、彼らの話す言語の多さとその切り替えのスピードには呆気に取られるばかりでした。しかも、つい見とれるくらいに紳士的でスマート。身のこなしさえ美しい。

7月14日の革命記念日の午後、見事にさーっと人気が引いたときロビーで新聞を読んでいて、それからふとデスクに行ったとき、ついでに聞いてみました。何カ国語を話すのかと。フランス語、ドイツ語、英語、イタリア語、スペイン語、ロシア語とアラビア語を少し。それらが電話も含めて数秒ごとに切り替わり、鮮やかなほど美しいのでした。

さらに驚いたことには、私が日本から事前に送ったメールをすべてプリントアウトしてファイリングしていて、さり気なく「昨日はいかがでしたか、マダム」と都度聞いてくれるのでした。返事をすると、ペンで、無事に終わった予約にチェックまでしていました。

あまりに名残惜しい、このホテルでの滞在。またパリに行くことがあっても、きっと同じホテルに泊まることでしょう。

とうとう、滞在中に日本人をまったく見掛けませんでしたが、散歩から戻って来て見るエントランスの日本の国旗は、なぜかとても嬉しいものでした。

ちなみに、このホテルは典型的なゴシック様式の重厚な建築物で、ロビーが重要文化財に指定された、創業120周年を迎える老舗です。でも、パリには、もっともっと果てしなくゴージャスなホテルがたくさんあるのでした。

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2009.08.10

フォレストグリーン

フランスを旅して感じたことは、色彩の豊かさ。

造形美とともに、色彩の豊かさや美しさに、文化の違いを感じました。

色というものに対して敏感なのは、女性だけではなく、男性も同じ。それは、ウインドウのディスプレイや小さな商品のパッケージでも同じで、考えに考え抜いたというより、身についたセンスなのでしょう。

でも、たとえば造形の黄金律は美大でしか学べないとしても、色の使い方や感覚は訓練出来たり感じたりすることで磨かれるような気がします。

色やかたち、音や空気に対する感性を大切にするひとは素敵。そういえば昔、ジャガーのフォレストグリーンに憧れたことがありました。英国のクルマは美しいけれど、フランスのクルマもドイツ・イタリーのクルマも美しい。日本のクルマはどうでしょうか。

きょうの画像は昨日と同じ場所。まさにフォレストグリーンです。新芽の明るい色が少し飛んでしまっているのですが、そのままにしておきます。

たくさんのデータを持つ画像なので、もっと大きく掲載したいと思ったのですが、アップロードの容量に1MBという制限があるため、このサイズになりました。フランスのアートのひとつです。ご覧になってください。

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2009.08.09

静寂

静かな、穏やかな休日になりました。

届いたばかりのフランスの本をめくったり、オペラのアリアを聴いたり。自分のために作っている、ながいながいネックレスの、めがね留めの続きをしてみたり。

そんな風にすごしていると、また、フランスのことが思い出されます。いったんは忘れていた小さな出来事や、訪れた場所でおとなの女性としての扱いを受けたことなどが、心にふっと浮かんで来ます。そんなことも、ジュエリー制作で途切れてしまっていたのですが、また綴ってゆきます。

行っている間だけ高まっているのではなくて、帰ってからも心が豊かになる旅。そんな旅が出来る年齢になったようです。


からっとした夏空が恋しいような、蒸し暑い日でした。こんな日なので、きょうは少し大きめに、ランチをいただいた、ランスのパラスのお庭での一枚。穏やかなカーブを描く芝生に、よく手入れされた木々の緑が目に染みるようでした。

バナーに使っているものと同じ場所なのですが、森ではなく、個人のパラスのお庭の一部です。パラスの名前は。夢のなかの出来事、ということにしておきたいと思います。


余談なのですが、私はこのニコンD80を発売当初に買いました。2006年のことです。それが、今は生産を終了して、メーカー在庫もなくなったようです。でも、このカメラとの出会いは、私のデジタル一眼レフカメラとの出会いでもありました。今でも、このカメラが表現するグリーンが大好きです。

フランスでの写真は、ごく一部のトリミングをのぞき、すべて無修正で掲載しています。

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2009.08.02

フランスのマダム

フランスのことを書き始めると、マダムのことに触れたくなります。

とくに、30才代後半以降の女性は、本当に素敵。どうしてこんなに素敵なのかと考え込んでしまうほどなのですが、パリで合流した友人との会話で「それは、いろいろなことが自由だから」という結論になりました。

旅行に行く前に、カメラを持って行くかなど細々とご相談したかたは「パリはいろんなスタイルの人がいてそれを受け入れている街です」と仰いました。

パリは、一日の温度変化が激しい街なのですが、タンクトップ姿の女性もいれば革ジャンのひともいます。何を着ても良いのです。誰も、自分と違うからと言って、じろじろと見たりなどしません。そして、おしゃれをしているとかなりの確率で褒めます。私がいた数日間でも感じたのですから、きっといつもそうなのでしょう。

トリコロールの色遣いはもちろんのこと、中間色の配置が秀逸です。これはきっと、国民性或いは育った環境のせいでもあるのでしょう。とくに、モーヴ系の美しさはことのほか。

日本では、去年くらいから女性がチュニックと黒いスパッツという組み合わせをよく着ています。電車に乗れば、一車両に一人はいるほど。せめて、ブラウンのスパッツとかグレイのスパッツもあれば、またはひとと違ったものを着たくはならないのかなと、素朴な疑問が湧いて来ます。

こんなに書いても、さすがにパリジェンヌの写真は撮れません。右岸だけでも、どれほど素敵な女性がいたか、今でもそのコーデを頭にしっかり焼き付けています。バスのなかの女性、モノプリというスーパーで売り場を聞いたときに、私の手をさっと取って案内してくれた60才くらいのマダム。もう、同性ながらも、ほれぼれするほどエレガントでした。


写真は、ドーヴィルでのもの。革命記念日が終わり、まさにヴァカンス初日という日。最後の一枚は、ご夫婦でのお買いものの様子です。エルメスのエヴリンらしいバッグがお似合いのマダムはうっとりするほど美しくて格好良かったのですが、後ろ姿を撮れるまで待って、ようやく収めた一枚。

フランス人は、好い加減で仕事をしなくてプライドが高くて・・・と困る面もいっぱいあるのですが、おしゃれにかけては間違いなく世界の代表だと思っています。

自分の生まれ育った国がいちばん好きなことに変わりはないけれど、フランスは、その次に好きな国になりました。


□ すべてのデータには主観的なもの、現時点に限ってのものが含まれています。

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2009.07.26

フランスのこどもたち

フランスにいて、パリ市内では不思議なくらいにこどもの姿を見なかったのですが、ランスやドーヴィルでは、本当に可愛らしいマドモアゼルを見掛けました。

なかでも、彼女たちはきっと恵まれた家庭に育っているのだと思うのですが、親御さんのセンスの良さが垣間見えるようです。色合わせといい、コーディネートの仕方まで手を抜かれていなくて、本当に絵になります。

フランスのこどもたちは、きっと、ルーブルで本物の印象派の絵画を見て、中世の建築物を見て育ち、そのなかで自分に似合うものをしっかりと身に着け、育ってゆくのでしょう。

最初の4枚はドーヴィルで。あとはランスで。白いワンピースの子はちょっとナイーブ、幼さが見え隠れするところが、なんとも可愛らしいのでした。「フランス人形みたい」という言葉がありますが、きっとこんな様子を言うのではと思います。

こんな写真は、普段からカメラを手持ちにしていないと、思い切りよく撮れません。それに、数十秒あるいは数分間は良い表情が撮れるように待つのですが、「かわいい!」と思うと真正面を向いていたりして、肖像権を考えると、撮影もなかなか厳しいのでした。

でも、やはり彼女たちは、間違いなくマダム予備軍です。

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2009.07.25

たった一人で遠くへ 〜 ランス Reims

フランスでのことを書き始めて以来、いろいろなかたから写真をご覧いただいた感想を伺います。

観光地と言っても、私が訪れたのはパリから離れたところばかりで、すでに訪れたヴェルサイユもルーブルもシャンゼリゼも写っていません。もちろん、それらも一日で見終わるようなところではないのですが、今回の旅行ではなぜか「こんなに遠くまで来ちゃった」と思えるくらいに、遠くに出掛けてみたくなったのです。だから、撮った写真にもきっとそんな思いが表れているのだと思います。

TGV(テー・ジェー・ヴェーと発音します)という、新幹線のような列車に乗ってパリ東駅からランスに向かったのですが、帰りの列車の切符は私にとっていちばん大切な存在、バッグの中にはほかに、パスポートの写しとある程度の現金、リーフレットと地図、カメラと飲料水のペットボトルとハンカチ、そして靴擦れのときのための貼り薬と少しのコスメのみ。ただただ、その土地の空気に触れたくて、朝早くから出掛けました。

ランスのノートルダム大聖堂のことは、7月14日のdiaryに書いています。書いたのは、実際に出掛けた現地時間の13日のことで、ホテルに帰ってすぐにベッドの上でPCとカメラとをケーブルで繋いで、diaryをアップロードしたのでした。

13世紀のゴシック建築で、歴代国王25人の戴冠式が執り行われた、由緒あるノートルダム大聖堂。ここに着いたのはまだ人もさほどいない時間のことで、心が震えるような、圧倒されるような衝撃のあと静かに椅子に座り、思い出したようにシャッターを押しました。それからしばらくの間、そこにいました。

数枚の写真でどれだけのことを伝えられるのか分からないのですが、ご覧いただければ嬉しいと思います。

なお、この大聖堂のことは、フランス政府観光局オフィシャルサイトに掲載されています。
渡航前にこのオフィスがある赤坂に行って、いろいろなリーフレットを入手しましたが、それらは実際に現地でとても役立ちました。

フランス政府観光局オフィシャルサイトのランスのページ

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2009.07.24

フランスで見掛けた犬たち

私自身が犬を飼っていることもあって、フランスでも犬を見掛けると、頬がほころびました。

感心するほどに、どの犬も穏やかな顔をしています。路上生活者と一緒に道路で一日をすごす犬も、リゾート地で一緒に散歩する犬も同じ。家族としての愛情を注がれていることをちゃんと知っていて、その、満たされた、でも、きちんと躾けられた様子はまったく変わりませんでした。

こんなスナップは、旅の思い出を心いっぱいに湧き上がらせてくれます。

旅は
「帰ってから心が豊かになっていることを気づかせるもの」
そんなことを感じています。

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